「レセプト」のリアル
皆さんは「レセプト」という言葉をご存知でしょうか?
正式名称は「診療報酬明細書」。これは、私たちが日々の診療で提供した医療サービス(検査、処置、手術、投薬など)の費用を、患者さんが加入している健康保険組合などの保険者へ請求するために提出する、いわば診療内容の詳細な報告書です。
患者さん側から見れば何気ない手続きかもしれませんが、医療機関にとっては非常に重要で、そして頭を悩ませる存在です。
1. 「病名」と「請求」のジレンマ
診療が終わった後、医師の仕事は終わりではありません。
「この病名で、行った手技や検査の費用を正しく請求できるか?」という、複雑なチェック作業が待っています。
ここで生じるのが、医療現場の現実と請求ルールの単純さのギャップです。
「この検査は特定の病名でしか通らない」というルールがありますが、人間の病気はそんなに単純ではありません。複数の要因が絡み合っていることも多く、「私たちが診ている複雑な病態は、そんなに簡単に一つの箱には収まらないよ」と感じることは頻繁にあります。
正直なところ、「本当に???」と首をかしげたくなるようなルールに直面することもありますが、請求を通すためには、そのルールに従って病名や内容を整理する必要があるのです。
2. 努力が報われない?「査定」という壁
たとえ私たちがガイドライン通りに、自信を持って適正な請求をしたとしても、必ずしも満額で請求が通るわけではありません。
このレセプトをチェックし、請求内容が不適切と判断された場合に減点・不支給となるのが「査定」です。査定を行うのは、同じ医師である「審査医」ですが、この査定が時に大きな疑問を生みます。
頑張って診療した努力が、この「査定」によって認められないことがあるのです。
3. なぜ?「全国一律」のはずなのに地域格差が生まれる
そして、レセプトにまつわる最大の「曲者」が、この地域差です。
私たちは「国民皆保険」のもと、全国どこでも平等な医療を受けられるはずなのに、レセプトの審査基準には、地域差が存在します。
「福岡県では通る請求が、なぜか熊本県では査定ではじかれる」といったことが現実に起こります。患者さんの健康には全く問題ないはずなのに、医療機関からすると「これはいったい何なんだ?」と、戸惑うことばかりです。
極端な話ですが、過去に私が都内で勤務していた際、ある治療方法がその地域では査定で却下されるため、「群馬県でしか通らないから」と、患者さんを遠く離れた群馬県の病院まで連れて行って治療した、という経験もあります。
制度への切実な願い
医療機関にとって、この地域による不公平感は大きな悩みです。
保険者が自治体など多岐にわたるため、全国一律の基準に統一するのは難しいのかもしれません。しかし、私たちは日々、目の前の患者さんのために最善を尽くしており、その適正な評価が地域によって異なってしまう現状には、心から「どうにかしてほしいなあ」と願っています。
開業医という立場になり、これまで「そういうものだ」と受け入れていたレセプトの複雑さや不合理さが、今、新たな疑問として湧き上がってきました。
今回、レセプトのチェックをしながら、改めて感じた医療の裏側を、少し長々と書いてしまいましたが、皆さまにも私たちの現場のリアルな葛藤を感じていただけたら嬉しいです。